研究概要

Research

生体が有するストレス感知・応答機構の解明

酸化ストレス・低酸素・低pH応答の分子機構解明

私たちは、哺乳類に28種類存在するTRPチャネル群の一部が、活性酸素種(ROS)を感知する生体センサーであることを世界で初めて示してきました(文献1―5)。中でもTRPA1は、酸化ストレスだけでなく低酸素状態も感知する「マルチモーダルストレスセンサー」として働くことが明らかになっています(文献4)。つまりTRPA1は、生命の存続を揺るがす危険因子である酸化ストレスや酸素分圧の変動を同時に監視し、その影響を制御する役割を担っているのです。

こうした発見は、ストレス応答研究の可能性を大きく広げ、未知の領域を切り拓く出発点となりました。現在はさらに一歩進め、これまで同定されていなかった「pH誘導型転写因子」の解明に挑み、pHストレス応答という新たなフロンティアに迫っています。私たちの研究は、まさに「生命のセンサーを探る旅」であり、その旅路の先には、生命現象の理解を根底から変える発見が待っているはずです。

酸化ストレス・低酸素・低pH応答の分子機構解明

  1. 文献1:Yoshida T et al, Nature Chem Biol 2006
  2. 文献2:Yamamoto S et al, Nature Med 2008
  3. 文献3:Takahashi N et al, Channels 2008
  4. 文献4:Takahashi N et al, Nature Chem Biol 2011
  5. 文献5:Takahashi N et al, Nature Commun 2014

がん生物学

がん酸化ストレス防御機構の解明と転移抑制法の確立

がん細胞は、本来の居場所(niche)を飛び出して増え続けるため、代謝の乱れ、免疫細胞からの攻撃、栄養や酸素不足など、さまざまな逆境にさらされます。こうした逆境はがん細胞にとって大きな「ストレス」となり、その中心にあるのが強い酸化ストレスです。生き延びるために、がん細胞は普通の細胞よりもはるかに強力な“防御システム”を手に入れる必要があります。

私たちはこれまでに、酸化ストレスを感じ取るセンサー分子TRPA1が、がん細胞を守る新しい仕組みを担っていることを発見しました(文献1)。さらに、がん細胞が酸化ストレスによって死ぬ別の仕組み(フェロトーシス)を明らかにし、その回避にも特別な工夫をしていることを突き止めました(文献2)。

そしてさらに、私たちは独自に開発したROSプローブを使い、腫瘍内で酸化ストレスの分布を精密に可視化しました。その結果、免疫細胞が放つROSによって局所的に酸化ストレスが高まる場所で、世界に先駆けてがん細胞が腫瘍の塊から抜け出す「出芽」(tumor budding)が起こることを発見しました(文献3)。つまり、がん細胞はストレスに「耐える」だけでなく、「逃れる」ことでも生き延び、転移を始めるのです。

がん転移はこれまで「悪性化の最終段階」と考えられてきましたが、実は「生き延びるための適応戦略」でもある。そう私たちは考えています。今は、この“逃避戦略”を止めることで、新しい転移抑制法をつくろうと挑戦しています。

がん酸化ストレス防御機構の解明と転移抑制法の確立

  1. 文献1:Takahashi N et al, Cancer Cell 2018
  2. 文献2:Takahashi N et al, Molecular Cell 2020
  3. 文献3:Ueda Y et al, Nature Cell Biol 2025

哺乳類進化

赤血球脱核と胎生獲得の謎に迫る

哺乳類の赤血球は分化の最終段階で核を失うという特異な性質をもち、この「脱核」は鳥類や爬虫類には見られない哺乳類特有の現象です。その進化的背景や生理的意義は、いまだに生命科学の謎として残されています。私たちはこの脱核を「哺乳類進化に伴うストレス適応戦略」ととらえ、哺乳類・鳥類・爬虫類を比較することで、細胞構造とストレス応答のつながりに迫っています。そこには、教科書にまだ記されていない“進化の答え”が眠っています。

さらに、哺乳類が胎生を獲得する際にも、新たな酸素感知機構を備える必要があったことを見いだしました。胎生は子を外敵から守り、栄養を直接届ける大きな利点をもたらす一方で、母体に多大な血液負担を課し、胎盤や胎児は低酸素にさらされやすいというリスクを抱えます。この脆弱性を克服するために進化した新しい酸素センサーを、私たちは世界に先駆けて同定しました。進化の謎と病気の本質がひとつの原理で結びついていく―そのダイナミズムを解き明かすことが、私たちの研究の核心です。

赤血球脱核と胎生獲得の謎に迫る

化学進化・宇宙生物学

生命誕生の謎に迫る化学進化研究

生命を形づくる有機物は、原始地球に存在した二酸化炭素から生まれたと考えられています。では、いったい二酸化炭素からどのようにして生命の材料となる有機物が生み出されたのでしょうか?この壮大な問いに挑むため、私たちは隕石などを用いて原始地球の環境を再現し、そこで起こる有機分子の誕生を追いかけています。分子の構造変化や反応経路を一つひとつ明らかにすることで、生命誕生へとつながる化学的プロセスの実像に迫っています。

生命誕生の謎に迫る化学進化研究

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